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オーストラリア鉱山ツアー
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オパール実希 プロフィール
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第12話 第12話
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私には、まだ夢があった。

いちよ女に生まれて来たからには結婚して子供を生みたい。
出来れば、2人はほしい。

気がつけば、もう31歳の冬だった。そろそろ雪がとけ春が来るのに、仕事一筋で来た私は、なんだか取り残された気がした。

仲のいい友人達は皆結婚し多い人で3人は子供を生んでいる。
人は人なんだけど、寂しい気がした。結婚しても仕事は続けたいし、子育てと両立出来るかな??
理解がある人がいいな!!なんて1人で色々将来に向けて考えていた。




「すみません。この18金のチェーンは、おいくらですか??」

3月に新しく下関、唐戸の近くの大通り沿いに新しい宝石屋さんがオープンした。
卸屋さんらしく、私は、18金のチェーンを仕入れる為、ちょっと入りにくかったけど、勇気を持ってお店の中に入った。

お店の奥から、かなり顔の怖い50歳ぐらいの支店長らしき人が出てきた。
歩き方はペンギンのようだった。

(やっぱり、勇気を持って入るのじゃー無かった。)と思ったが勿論、私は一生懸命笑顔を作った。

「何本ぐらい いりますの??」と支店長らしい人が大阪弁で答えてくれた。

こわ!!

とっととお店から出たかったが、安くて何本かまとめて仕入れたかったので、がんばった。

中から、もう一人 ブルーのアイロンのびしっとかかったYシャツを着たノーネクタイの清潔そうな男性が出てきた。
名前は、原 剛史さん

年は20代ぐらいかな??どうもこの人はこのお店の職人さんで、ダイヤの彫り留めや、ジュエリー全般を作っているらしい。

インペリアルタワーの中にあるプラチナギルド社でポージリングの開発のデザイナーとしても活躍していた事もあったらしい。バブルの時セイコウ時計とコラボで、金無垢の時計も作っていた。

小学校の時に工作で担任の先生から凄くほめられ、自分は物作りが人よりも秀でていることに気づき物作りをしたくて島根大学の教育学部で美術を専攻し、東京芸大出身の先生に鍛金の技術を学んだ。

その後ひかれたレールに乗るのが嫌で美術の先生にはならずに、大阪でジュエリー職人としての修行の道に入ってきた。と言っていた。

とても面白い人でした。職人のわりには、よくしゃべるしアウトドアーも好きだし、なんとダイビングのライセンスも取得していた。
大学の時には少林寺拳法部の副主将だった。

話していくといつも私の想像していた職人さんのイメージと全く違っていた。

ある時、仕事で遅くなるといっていて、私が会社に行って見ると、素晴らしいデザイン画の数々が机の上においてあった。

「これ、誰がかいたの??」

それはリングやペンダントなどを自由にデザインしたもので、どれも本当に素晴らしいものでした。

「私です。」原さんが答えた。

普通、職人さんはデザイン画なんて書かないし、出来る方も少ない。デザインして、自分が作れるなんて本当に凄いと思った。私はこのときから、彼に魅かれていった。

それから、一緒に仕事をする事も増え、一緒にいるのがとても居心地が良かった。彼と結婚して小さくてもいいから、心のこもったジュエリーを作りたい。
私が仕入れた宝石たちを彼がデザインしてくれたらいいな!!

彼の思いも一緒でした。それから1年後私達は結婚し七色の夢、
『セブンドリームス』という会社が生まれた。

会社の名前の由来
(オパールが七色出る所から七と私達にかかわる人達の夢が叶うようにという想いを込めて)


今、私たちは好きな仕事を毎日させてもらっている。本当に幸せな事です。
福沢諭吉さんの言葉に、「最も幸せな人は一生できる仕事がある人。」とあります。

まさに、この平凡な日々こそが、
私にとっては最高の幸せなのです。

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